大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成6年(行ツ)76号 判決 1998年3月26日

上告人 有限会社村井商店

右代表者取締役 溝口昭一

右訴訟代理人弁護士 大浦浩

被上告人 春日部税務署長 上條晃一

右指定代理人 渡辺富雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人大浦浩の上告理由一について

職業の許可制は、職業選択の自由そのものに制約を課する強力な制限であるから、その憲法二二条一項適合性を肯定するためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである(最高裁昭和四三年(行ツ)第一二〇号同五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。他方、租税法の定位については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ない(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)。そうすると、酒税法における酒類販売業の免許制については、公共の利益の観点からこれを必要かつ合理的であるとする立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものとはいえない。

酒税法は、酒税の賦課徴収につき、酒類製造者を納税義務者とし、酒類製造者が酒類販売業者を介して酒類の販売代金を回収することによって、酒税の負担を消費者に転嫁するという仕組みによることとしており、同法が、酒類販売業につき免許制を採用したのは、酒類製造者に酒類の販売代金を確実に回収させ、最終的な担税者である消費者への税負担の転嫁を円滑ならしめるため、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を酒類の流通過程から排除し、酒税の適正かつ確実な徴収を図ろうとしたものと解される。このような仕組みによる酒類販売業免許制は、これが採用された昭和一三年当時、酒税の国税収入全体に占める割合が高く、酒類の販売代金に占める酒税比率も高率であったこと等に照らすと、酒税の適正かつ確実な賦課徴収という重要な公共の利益に資するものであって、その必要性と合理性があったというべきである。

その後、社会経済の状況や税制度の変化に伴い、酒税の国税収入全体に占める割合等が相対的に低下するに至っており、本件処分当時(平成元年四月六日)において、酒税の徴収のため酒類販売業につき免許制を存置しておくことの必要性及び合理性については、議論の余地があるところといわざるを得ない。しかしながら、本件処分当時においても、酒税の収入総額が多額であって、販売代金に占める酒税比率もなお高率であること、税負担を適正、円滑に転嫁するという酒税の賦課徴収に関する前記の仕組み自体はその合理性を失うに至っているとはいえないことなどからすると、本件処分当時においてなお酒類販売業免許制を存置させていたことが、前記のような立法府の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので著しく不合理であるとまでは断定し難い。

また、本件処分の理由とされた酒税法一〇条一〇号は、免許の申請者が破産者で復権を得ていない場合その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合に、酒類販売業の免許を与えないことができる旨を定めるものであって、酒類製造者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれのある者を酒類の流通過程から排除する規定と解することができ、前記の立法目的からして合理的なものということができる。

そうすると、酒税法九条一項、一〇条一〇号の規定が、憲法二二条一項に違反するものということはできない。

以上は、当裁判所大法廷判決(前記最高裁昭和五〇年四月三〇日判決、前記最高裁昭和六〇年三月二七日判決)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和六三年(行ツ)第五六号平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九頁参照)。

以上によれば、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

二  同二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することはできない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

上告代理人大浦浩の上告理由

第一審判決、並びに、控訴審判決((以下、原判決等という)は、判決に影響を及ぼすこと、明らかな憲法違反がある。

一、 憲法第二二条第一項違反について。

(一)、 酒類販売免許制度を定めた酒税法第九条第一項、及び同法第十条各号の規定は、職業選択の自由を保障した憲法第二二条の規定に違反し、違憲無効であり(その理由については、上告人の平成二年十一月十九日付準備書面(一)で主張したとおりである)、本件免許拒否処分は、すみやかに、取消されるべきものであるとの上告人の主張に対する原判決等の判断は、憲法第二条第一項に違反する。

(二)、 すなわち、原判決等は、右上告人の主張に対し、「酒類免許制度は、狭義における職業選択の自由そのものを制約するものであって、憲法第二二条第一項が保障する職業選択の自由に対する強力な制限である」ことを認め、右制度が合憲性を有するためには、原則として、重要な公共の利益のために、必要にして、合理的な措置であることを要する旨判示し、その理由付けとして、

1. 酒税は沿革的にみて、国税全体的に占める割合が高く、国家財政上、重要な地位を占めていること。

2. 酒類免許制度は、酒税の適正かつ、確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた、必要にして、合理的な措置であること。 3. 酒類は、致酔性を有する嗜好品であり、その販売秩序維持等の観点からも、その販売について何らかの規制が行なわれても、やむを得ないこと等を理由としているにすぎない。

(三)、 右原判決が掲げる理由は、酒類免許制度の合憲性を根拠づけるものとはいいがたい。

1. 酒税法の立法目的については、同法に明示されていないが、酒類免許制度が、採用されていなかった昭和十三年以前においては、酒類販売業者の乱立による競争の激化により、倒産、廃業等が激増し、税収確保が困難になったことにかんがみ、「酒類販売業者の経営の安定を通じて、酒税収入の確保を図るため、酒販免許制度を採用した旨、一般的に説明され、被上告人も同旨の主張をし、原判決等も立法目的について、詳細な判断はしていないが、右と同旨のことを認めている。

2. しかし、右酒類免許制度が採用された昭和十三年当時と、本件拒否処分が為された昭和六三年とでは、立法目的を裏付ける立法事実は、明らかに異なっており、右免許制度採用当時の立法事実をもって、昭和六三年に為された本件拒否処分の正当性を根拠づけることは、許されないと考える。

すなわち、昭和十三年当時の租税中に占める酒税の割合は、二五パーセント前後と、相当高率のものであったが、本件拒否処分が為された昭和六三年当時の右の割合は、租税収入予算額の約四・六パーセントと大幅に低下しており、酒販免許制度が目的とした、いわゆる酒税の保全の役割は、大幅に失われたと考えるべきであり、酒税については、庫出課税方式が採用されていることを考えあわせると、現行の酒類製造免許制度をもって、十分であり、これ以上の規制は、必要ないものと考える。

3. また、酒販免許制度の直接の目的は、酒類販売業者が、充分な経営基盤を有するものであることを要求するとともに、競争制限的な要素を免許の条件に導入し、それにより、販売業者の経営の安定を図ることに存るもので、それによって、税収確保の効果を期待しようというのが、右免許制度の狙いであると考えられる。しかし、酒税の納税義務者は、酒類の製造業者なのであり、製造業者は、販売業者からの代金回収とは無関係に、製造場からの移出の度に所定の期間内に納税すべきことが定められているのであるから、(酒税法第三十条の四)この制度は、直接には、製造業者の代金回収を確実にするためのものであり、それがひいては、酒税の保全に役立つことになるに過ぎないものである。

この制度は、直接には、既存の製造業者、及び既存の販売業者の利益を、潜在的な競争者、及び競争の受益者である一般消費者の犠牲において擁護しようとするものである。

酒税の確保を図るため、酒類販売業まで、免許制にしなければならない理由は、昭和十三年に、免許制度が採用されて約五十年経過した本件処分時には、それほど強くなく、なお、制度を維持すべき必要性と合理性が在するとは思われない。他方、酒類製造業者と、消費者それぞれに利益をもたらす自由競争が、この免許制度により阻害される弊害を看過することは出来ず、免許性を採用している立法府の判断は、合理的裁量の範囲を逸脱していると言わざるを得ない。

4. 次に、原判決等は、「酒販免許制度の酒税の適正かつ、確実な賦課徴収を図る」ために採られた必要な措置であることを、その理由としているが、単に、右の目的だけの酒販免許制度は、国によるし意的、便宜的な制約であり、職業選択の自由に対する制約をすることの正当性を有するものではなく、もし、このような制約が許されるとすれば、一般消費税、その他の間接国税の収入確保を目的として、あらゆる営業を、国の許可制のもとにおくことも、憲法上、許されることになり、そうなったのでは、憲法第二二条第一項が、国民の基本的人権の一つとして保障する職業選択の自由は国の租税政策によって左右され、全く空文と化してしまうことになりかねない。

原判決等は、右の上告人の主張に対して、何等の判断をしていないばかりでなく、酒販免許制度の合憲性の理由を示していない。

5. なお、原判決等は、酒類の「販売を全く自由とした場合、弊害が生ずること」もあり、酒販免許制度は、これら弊害防止の役割もあることを合憲性の根拠の一つとしているようであるが、これらは、酒販免許制度採用の派生的効果として理解すべきものであり、酒販免許制度の直接的目的と考えるべきものではない。したがって、合憲性の根拠とはなり得ないこと、明らかである。

右のとおり、酒税法第九条、及び同法第十条は、憲法第二二条第一項に違反するものであり、違憲無効である。

二、 憲法第十四条違反について。<省略>

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